東京都市町村職員研修所
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齋藤 英彦 講師
<コラム>閑話休題
<研修のエッセンス>人事考課

≪コラム≫閑話休題
講義は順調に進行している。

 さてとホワイトボードに伸ばした手が止まる。板書すべき字が思い出せない。それも日常使っている簡単な文字なのである。なにげなく教卓に向き直り、講義資料に目を走らせ目的の文字を探す。さりげなくホワイトボードに向き直りおもむろに板書する。そんな場面がときどきある。同様の経験はほかの人にもあるようなので、ぼけてきたというわけでもないようである。

 これは絶対にワープロのせいである。手書きで文字を書かなくなって実に久しい。手で字を書くということは記憶と密接な関係があるようで、これは非常にうまくない事態であると反省している。しかし、簡単なメモ程度ならともかく、原稿を書くという作業は格段に楽になった。原稿用紙に書いては破り書いては破り、線で消したり、吹き出しで書き加えたり、挙句の果てには、はさみと糊で切り貼りしたりという経験は誰にでもあると思う。そうした作業がワープロを使うことによってしないで済むようになり、推敲が極めて楽になった。もっともそれで文章の質が高くなったかどうかは一応置いておくことにしよう。

 旅に出て文豪ゆかりの土地などに行くと資料館があり、肉筆原稿が展示されていたりする。人柄をしのばせる個性のある文字で書かれ、推敲の跡がうかがえて興味をひく。専門的には研究の対象ともなっているが、最近はワープロを使う作家が増えてきたというから、これからは肉筆原稿というものはなくなるのであろう。しかし、断固としてワープロを拒否している作家も多いというがそれもひとつの見識である。

 手で書くという作業は思考と密接な関わりがあると思う。最近見た映画「英雄」の中で、箱に入れた砂に棒で字を書くシーンがあって印象深かったが、文字を書くということの意味を改めて考えさせられた。せめて日記は手書きでと思ったりもしているが、ここ三十年ほどワープロで日誌を書き続けている。個人的な記録ばかりでなく業務日誌を兼ね、社会的な出来事なども盛り込んで、後日の検索も考慮して書いているので、これはひとつのデータベースなのだ。ワープロ日記の利点は人に見られないよう工夫ができるというメリットもあり、ご関心の向きは是非試みられたい。

 さて、手書きであるが、とりあえずは手紙から始めようと考えている。年賀はがきも発売になったことでもあり、年賀状は絶対手書きと密かに思ったりしているのである。
研修情報誌「こだま」第85号(平成15年11月28日発行)より掲載

<研修のエッセンス>人事考課
【その1】「人事考課研修のねらい」

 現在、東京都の市町村で人事考課を実施している自治体は、半数を越えています。国や民間、他の自治体の動きから見ても、いずれはすべての自治体で実施されることになるでしょう。

 住民に身近な自治体として、自らの権限と責任で施策を遂行していくことが求められる各市町村にとっては、地方分権一括法が実行段階に入る中、分権を支える人材の育成が急務となっています。こうした人材育成に必要なのが人事考課制度であり、研修所では能力開発研修のカリキュラムの一つとして、制度の担い手である課長職を対象に人事考課研修を行っています。

 職務中心の人事考課制度を公平で納得できるものとして実施することは管理職の重要な役割と言えます。研修では、そうした責務を果たしていくために、人事考課の知識と技術を身につけていくことが狙いとなっています。

 ただ人事考課制度では、すでに導入している市町村にも内容面でかなりの相違があり、また実施していない自治体もあるため、現時点での人事考課研修は、そうした状況を踏まえながら、一般的・基礎的な内容に絞って実施されています。

 研修の具体的な進め方としては、まず講義形式で人事考課の考え方と仕組み、特に「評定項目」「評定要素」などの人事考課の基本的な事項について理解していきます。

 ついで「短文事例」により、人事考課を行う上での基本となる「三つの判断行動」、すなわち「行為の選択」「評定要素の選択」「評定段階の選択」を実習し、理解を深めることになります。

 そして最後に、グループ演習の形式で、ある職員の1年間の事績を記述した「長文事例」を題材に実際に評定を行い、評定結果を発表し、検討するという形をとっています。

【その2】「人事考課を理解する」

 研修は人事考課の考え方と仕組みについて学ぶことからスタートします。特に制度未導入の市町村も多いことから「なぜ今、人事考課なのか」という点について、自治体を取り巻く状況を踏まえながら、理解を深めてもらうことが狙いとなっています。

 地方分権が進み、行財政の構造改革が強く求められる今、事務事業の見直しにとどまらず、長年行われてきた人事行政についても時代に即応したものとするための改革が強く求められています。とりわけ従来通りの年功要素に依存した一律的な処遇を行う人事考課では、職員の士気は低下し、組織の活力も衰退します。

 研修では、そうした視点にたって「能力・実績を重視した人事管理」が今や不可欠なものとなっていることを理解していくとともに、民間や国、他の自治体での人事考課制度の動向を概観した上で、管理職の職務として人事考課が重要な位置を占めているものであることもしっかり認識していくのです。

 次に人事考課の仕組みについては「誰が」「何のために」「どのように」行うのかという点についての理解を深めます。

 評定の基本は、具体的事実に基づいて絶対基準により行うということ、評定の対象となる「評定項目」は「成績」「能力」「態度」であり、実際の評定はこの評定項目を細分化した「評定要素」ごとに行うといった点について、具体的に説明していきます。

 そして実際の評定演習に向けて、評定作業の三つの判断行動、すなわち@行動の選択A評定要素の選択B評定段階の選択と順を追って解説するほか、人事考課を行っていく上で生じるエラー、すなわちハロー効果をはじめとする「評定誤差」についても学びます。

 そして最後に、業績評価の際、組織の目標や担当業務に基づいて、個人別に目標達成の度合いで評価する「目標による管理」を説明して講義を終え、その後、実際の評定演習に入っていきます。

【その3】「短文事例による演習」

 ここでは、ある職員の事績を記述した5〜10問の短文を題材に、まず個人研究により、ついでグループ研究の形で、ある行動が「どの評定要素に該当するか」「どの評定段階に該当するのか」を検討します。そしてグループから検討結果が発表され、さらに他のグループの見解も示された上で講師がコメントします。

 人事考課制度は、職員の勤務実績と職務遂行能力を正しく評価し、それらに基づく処遇を考え、人材の育成活用を図るためのものです。そこでは「職員一人ひとりの『何を』『どのような基準で』評価するのか」ということが明らかにされなければいけません。

 実際に市町村で人事考課を実施する場合には「人事考課要項」の中で「評定項目」「評定要素」が明記され、また「職務基準表」という形で、職員に期待される知識や技術、能力等の修得の高さと範囲が示されることになります。

 それらは人事考課制度の根幹にかかわるものであって、当然、各市町村がそれぞれの考え方で決定すべきものです。多摩地域ですでに人事考課制度を実施している市町村の要項を見ても微妙に異なっていることが分かります。従って、集合研修として研修所で実施する人事考課研修の場合は、評定要素について最大公約数的なものになっているのです。

 実際の演習では、ある行為がどの「評定要素」に該当するのかを巡って、様々な意見が出されます。その理由の一つには、評定要素の意味が十分に理解できていないことが挙げられます。評定要素の内容については「評定要素の定義」という形で、具体的に要項に示されるのが通例なので、まずこれを理解することが大切なのです。

人事考課【その4】 「長文事例による演習」

 人事考課研修の中心となる「長文事例による評定演習」では、ある職員の1年間の評定対象期間における事績を題材に、 まず研修生一人ひとり、評定の対象となる行為を選択し、それが「どういった評定要素」の「どの段階」に該当するかを検討した上で、 総合評価を行います。さらにグループでも検討結果を発表した後、講師が他のグループの見解も示しながら、コメントしていきます。

 グループ討議を経た評定結果は、ほぼ妥当な評定に収斂していきますが、個人研究の段階で個々人の評定結果を見るとかなりのバラツキがあることが分かります。その主な理由は、やはり評定要素の定義について、理解が十分でないことが挙げられるでしょう。

 被評定者のどのような行為を評定の対象とするかという点は、まさに人事考課のポイントなので、この理解が大切です。また評定段階の決定に当たっても「評定基準」についての理解が重要なので、これらの点を強調します。

 行政を取り巻く環境の変化、職員の意識の変化等に対応していくためには、能力、実績に基づく人事管理への移行は不可避であり、人事考課制度の導入が必須のものとなります。

 そして「制度は運用にかかり、運用は人にかかる」と言われるように、制度の成否は評定者一人ひとりの肩にかかっています。被評定者にとっても納得できるような正しい人事考課を実施するには、評定者の評定能力を高めることが必要なのです。

 しかし限られた時間での研修では、人事考課の理論と技術を完全に理解することは到底不可能であって、やはり繰り返し評定訓練を行うことによって身についていきます。このため研修所でも、実際に人事考課に携わる市町村の管理職に対して、評定能力・技術の向上を目指し、さらに研修内容と方法について工夫を凝らしていく考えです。